この記事では、このサイトの名前にもなっている
「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」という言葉について詳しく紹介します。
わたしがなぜ、この言葉をサイト名に選んだのかですが、
まず、言葉の響きが良かったことです。
そして、この言葉の本当の意味を知ったとき、
わたしのこころにとても大きな余裕が生まれました。
わたしは完ぺき主義な人間でした。
でもこの言葉と出会ってから、
「うまくできなかった自分も、労わって良い」
「良くなかった日を、否定しなくても良い」
と、完ぺきではない自分を赦せるようになりました。
そんなわたしの、道しるべとなっている日日是好日。
詳しく意味を追っていきましょう。
あなたのこころにも、少しのやすらぎが生まれれば幸いです。
日日是好日とは
日日是好日には、「どんな日もあなたにとって大切な一日」という意味です。
日日是好日とは、直訳すると
「毎日がよい日」という意味になります。
ですが、この言葉は
「毎日が楽しい日」「毎日が幸せな日」という意味ではありません。
「日日是好日」という言葉はもともと、
中国の禅僧、雲門文偃(うんもんぶんえん)という人の言葉です。
あるとき弟子たちに向かって雲門文偃は、
「日日是好日」
たったひとこと、これだけを伝えたそうです。
ちょっと拍子抜けかもしませんが、この言葉に、
深い意味が込められていると言われています。
わたしたちの人生は、うまくいく日もあれば、
思い通りにならない日もあります。
それでも、その日その日が、自分にとって大切な一日である。
そんな意味が込められた言葉です。
わたしたちの毎日は、いつも順調とは限らない
わたしたちは日々の生活の中で、いろいろな感情を経験します。
うれしい日もあれば、
気持ちが沈む日もあります。
人間関係で悩むこともありますし、
仕事で思い通りにいかないこともあります。
ときには、
誰かに怒りを感じてしまうこともあるでしょう。
また、あとになって
「どうしてあんな言い方をしてしまったのだろう」
と後悔する日もあるかもしれません。
そんな日があると、
「今日はよくない日だった」と思ってしまうことがあります。
わたしもしょっちゅうです。
人を傷つけてしまってとっても後悔しているあなたは、
とてもやさしい人です。
この記事では、そんなあなたに自分を責めないこころの整え方を伝えます。
そもそも良い日とはどういう日?
一見良くないと思える日も、きっとあなたにとって「意味のある日」なのです。
どんな日にも、
その日なりの意味があります。
うまくいった日も、うまくいかなかった日も、
どちらもわたしたちの人生の一部です。
もし、つらい出来事があったとしても、
その経験からなにかを学ぶことができるかもしれません。
すぐにはそう思えなくても、時間がたったあとで
「あの出来事もわたしにとってなにが意味があったのかもしれない」
と思える日が来ることもあります。
すべては移り変わっていく
仏教では、すべてのものは移り変わると考えられています。
楽しい時間も、つらい時間も、
ずっと同じままではありません。
感情も同じです。
怒りも、悲しみも、
やがて少しずつ形を変えていきます。
だからこそ、いま感じていることにとらわれすぎず、
「こんな日もある」
と思えると、こころが少し軽くなることがあります。
日日是好日という言葉の本質
日日是好日という言葉は、どんな日もそのままで大切な一日という、静かなまなざしのような言葉だと感じます。
実はわたしは、「前向きにがんばろう!」みたいな言葉があまり好きではありません(笑)
わたし自身はネガティブな人間で、
無理やりポジティブに考えるのが得意ではありません。
(落ち込むときはとことん落ち込むタイプです)
そして、日日是好日はただ単に「毎日を前向きに生きよう!」
という励ましの言葉ではないんです。
落ち込む日だってあって良い。
うまくいかない日も、もちろんあって当然。
それもすべて、あなたにとってかけがえのない、すてきな一日だった。
そんな風に日日是好日から教わって、
本当にこころが軽くなるのを感じました。
だからわたしは、この言葉が好きになったのだと思います。
まとめ
どんな日も、かけがえのない大切な一日だと思えるだけでこころは少し軽くなる気がしませんか?
わたしたちはつい、
「良い日」と「悪い日」を分けて、無意識に「0か100か」で
その日をジャッジしてしまっているのだと思います。
ですが、どんな日も
二度と戻らない、大切な一日です。
もし、今日は少しうまくいかなかったとしても、その日もまた、
あなたの人生の中の大切な一日です。
「日日是好日」
この言葉を思い出すと、
どんな日も少しだけやさしく受け止められる気がします。
あなたにとっても、少しの救いになれたら幸いです。

コメント